

心にぐっと刺さるセリフと、カラフルで遊び心いっぱいの映像、ニュートロなビジュアルで韓国映画界に新しい風を吹き込み、インディーズ映画にも関わらず異例のロングランで大ヒットした『なまず』。2019年大阪アジア映画祭で上映されると、貧乏なカップルが交わす若さゆえの痛い会話やブラックユーモアたっぷりの物語が日本でも反響を呼び、なんとグランプリを受賞。単なる恋愛劇ではなく、“なまず”“シンクホール”“ゴリラ”など一度観ただけでは回収不能な謎が満載で、いち早く鑑賞した映画ファンの間では何度も観たい!と、本作の日本公開が熱望されていた。
主演は「梨泰院クラス」でブレイクしたイ・ジュヨン、共演に『新感染半島 ファイナル・ステージ』で強い印象を残したク・ギョファンや『オアシス』のムン・ソリなど演技派キャストが集結!主人公の半径0.5mで起きるハプニングと決断は、恋愛のグダグダを楽しみ、失恋の予感に震えた懐かしいあの日を思い出させてくれる。
看護師のユニョン(イ・ジュヨン)は、自分と恋人ソンウォン(ク・ギョファン)の恥ずかしい姿が映ったレントゲン写真が流出した…と誤解。イ副院長(ムン・ソリ)は写真の主がユニョンと決めつけ、自宅待機を命じる。その頃、シンクホールが出現する怪現象が発生。無職のソンウォンは埋め戻し工事のおかげで仕事にありつけたが、職場で大切な指輪を紛失してしまう。ソンウォンは言えない過去を持つ同僚を疑い、ユニョンは見え透いた嘘をつくソンウォンを疑う。ユニョンを癒してきたなまず(声/チョン・ウヒ)は、病室の水槽からそんなゴタゴタを見つめていた―。
1992年2月生まれ。上品な見た目と神秘的な雰囲気、そして、シックな魅力でドラマや映画で人気活躍中の韓国インディーズ映画界のスター、イ・ジュヨン。 『春の夢』(16)で注目されはじめた彼女は『夢のジェーン(原題)』(16)、『ザ・ネゴシエーション』(18)などの映画に加え、ドラマ「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」(18)や「梨泰院クラス」(20)などでもその存在感を発揮し、ジャンル問わず様々な作品で活躍中。『野球少女』(20)では主演を務め、野球に全てをかける少女を熱演。また、是枝裕和監督が手掛けた初の韓国映画『ベイビー・ブローカー』(22)にも出演し話題を呼んでいる。本作『なまず』で第23回釜山国際映画祭 “今年の俳優賞”を受賞し、注目のスターとなったイ・ジュヨンは病院で起こった恥ずかしいレントゲン写真の被写体と疑われる看護師ユニョンを演じ、これまでにない新しい魅力を見せてくれる。
1982年12月生まれ。製作から監督、脚本、演技まで全てをこなす多才なアーティストとして注目され、韓国インディーズ映画界で独自の地位を築いてきたク・ギョファン。『監督!僕にもDVDをください!』(13)、『フライ・トゥ・ザ・スカイ』(15)などの作品を通じて、個性あふれるユーモアと時代を読む深い洞察力で若い観客の共感を得てきた。 『夢のジェーン』(16)、『Beaten Black and Blue(英題)』(16)など多くの作品に出演し演技力を磨いてきたク・ギョファンは、ヨン・サンホ監督の『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)、リュ・スンワン監督の新作『モガディシュ 脱出までの14日間』(21)にキャスティングされるなど、映画界からラブコールが絶えない今最も多忙な俳優の一人にまで成長した。本作『なまず』では製作、主演、脚本、編集を務めマルチな才能を見せる。
1974年7月生まれ。名実ともに韓国を代表する最高の俳優ムン・ソリ。イ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』(99)でデビューし、清純なイメージと新人らしからぬ高い演技力で注目された。2作目も再びイ・チャンドン監督作品『オアシス』(02)に主演として出演。重度の脳性麻痺を患う女性という難しい役を見事に演じ、観客や評論家から絶賛される。この作品で第23回青龍映画賞新人女優賞、第59回ベネチア国際映画祭新人女優賞を受賞するなど、国内外の映画祭で一気に注目され演技派俳優として成長を遂げる。以降、『浮気な家族』(03)、『大統領の理髪師』(04)、『私たちの生涯最高の瞬間』(07)、『お嬢さん』(16)など、ジャンルにとらわれず多くの作品に出演し、韓国を代表する俳優としての地位を確立した。また『女優は今日も(原題)』(17)では演技だけでなく、監督として演出も手がけ、新たな領域にも挑戦している。本作『なまず』では、周りの人々を信じられない副院長ギョンジンという、新たなキャラクターを演じている。
1987年5月生まれ。イ・オクソプ監督は自由な発想とユーモア、そして奇抜な演出と独特の映像美で観客を魅了してきた。韓国インディーズ映画界のニューウェーブとして注目を浴びている。韓国映画アカデミーを卒業後、『RAZ on Air(英題)』(12)で注目を集め、その後『四年生ボギョン』(13)、『監督!僕にもDVDをください!』(13)、『フライ・トゥ・ザ・スカイ』(15)などの短編映画を主に演出、イ監督ならではの世界観を構築し、ファンを獲得していった。 『なまず』は、イ・オクソプ監督の初の長編映画デビュー作で、新しい独創的なアイディアを持った作品という賛辞と共に、第23回釜山国際映画祭 CGVアートハウス賞、KBS独立映画賞、市民評論家賞を受賞。さらに、第44回ソウル独立映画祭観客賞、第14回大阪アジアン映画祭グランプリなど国内外の映画賞を席巻。『なまず』は監督が胸に秘めていた発想を盛り込んだ個性あふれる作品に仕上がっている。「嘘のようだけど本当のこともあるし、本当のようだけど嘘のこともある。そんな経験を映画の中に入れ込みたいと思っていた」と話したイ・オプソク監督。本作で今の時代を奇妙なユーモアで表現し、多くの人々の共感を呼ぶだろう。
2017年に国家人権委員会から「重みと軽快さを併せ持つ映画を製作しませんか」と依頼があったんです。二十歳の時に国家人権委員会が製作した短編オムニバス集『もし、あなたなら ~6つの視線』に衝撃を受けたこともあり、プロデューサーのク・ギョファンと「私たちもいつか人権に関する映画を撮りたい」と語ったことがありました。ですから、夢が叶うなんて、と不思議な気分になりました。劇中のセリフのように、2017年の韓国はひどかったんです。盗撮などのデジタル性犯罪事件が発覚するたびに、女性たちは皆「私も撮られているかも」と怖がっていました。あの頃は、どんな映画よりも現実のほうが映画のようだと囁かれていましたが、私はその言葉に自由を感じました。「そう? それなら私は自分が感じる現実を映画にすればいいじゃない」と。
物語を作る前に、暗く静かな夜の病院で水槽の魚を見つめる女性看護師の姿が思い浮かびました。なぜ彼女はしゃがんで魚を見つめているのだろうと。しかもその魚は、観賞には似つかわしくない“なまず”でした。どこか不自然に感じるイメージから物語が湧き上がりました。ウナギでも不自然ではありますが、なまずであるべき理由は3つあります。昼間は水の上に出てこない。汚染に強いので生命力にあふてれている。そして地震を感知する敏感な生き物とされていることです。鈍そうに見えて敏感ななまずなら、悩めるユニョンを癒し、もしかすると地球も救ってくれるかもしれないと想像がふくらんでいきました。
シナリオ執筆中に国民的詩人リュ・シファのインタビューを読みました。その中に「私たちが穴に落ちた時、私たちがやるべきことは穴を掘り進むことではない。そこから抜け出すことだ」という“魂のケア”を読んで心が震えました。私自身、突然、ある考えに囚われて物思いにふけり、落ち込むことがありました。生きるのがつまらなく、すべてが無駄に思えるのです。こんなふうに自分を穴に落とすたびに、リュ詩人の言葉に救われてきました。信じられないような出来事がふりかかるユニョンを支える言葉として、私を救済してくれる“魂のケア”を使うことにしました。
ユニョンを演じたイ・ジュヨンさんには強いエネルギーがあります。初対面でその強さがユニョンにピッタリだと感じました。気になることがあったらまずぶつかり、現場を引張る力がある俳優です。会ってすぐに一緒に仕事がしたいと伝えたのを覚えています。
大ベテランのムン・ソリさんは私自身が大ファンで、若い頃に「悲しい演劇」「そこ」を最前列で観劇したこともあります。出演映画はすべて見ています。イ・ギョンジン副院長役はユニョンよりも大人だけど、ユニョンの提案をすぐに取り入れる素直さが愛らしいんです。実はキャストが決まらないうちから、ムン・ソリさんに当ててシナリオを書いていました。ムン・ソリさんはスマートで頼りたくなる雰囲気を持ちながら、愛らしく人間の弱さも表現できる俳優です。そして正直さもあります。ムン・ソリさんの出演が決定したとき、私たちは猛暑の中でのロケハンに疲れ切っていました。でも、みんな大声で叫んで大喜び。その後のロケハンは雲に乗っているような気分でした。
ソンウォン役のク・ギョファンさんはこれまで短編を共同制作してきたパートナーです。初長編作品も同じ方法で製作する予定で脚本、ロケハン、編集を共同で行いました。今までと違ったのは、撮影時はク・ギョファンさんは俳優とプロデューサーに専念してもらい、私は演出に集中する分業体制をとったことです。